| 地蔵堂 (日進町2丁目) |
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日進駅北側のT字路にある庚申塔から80m程北に進み
日進自動車教習所の南西の角を左折、120m程の住宅地の中にポツンとある |
「大宮をあるくU(西部編)」大宮市教育委員会編集によると・・・・
『境内に「菅原神社神主、安田蔵人霊、明治三、享年五十一、筆子中」と記された筆不塔があり、明治初年に上加村の菅原神社(天神社?)の神主を師匠とする寺子屋が開設されていたことがうかがえます。
また、ここには寛政四年(一七九二)の六十六部(※)供養塔があって、小平次の名が刻まれています。小平次は側ヶ谷戸村と植田谷本村境を流れる鴨川に架けられた藤橋を石橋に架けかえるため、寛政五年から近在九十宿村にも及ぶ村々を托鉢して廻り、同八年に橋を完成させた丹後生まれの六部(廻国行者)で、今も植田谷本地内の六部堂に彼の石像が祀られています。ここにある供養塔はこれより以前に大宮に滞在していたことを示す貴重な資料ともなっています。』
・・・・とのことです
※「六十六部」とは・・・・
日本全国66カ国を巡礼し、1国1カ所の霊場に法華経を1部ずつ納める宗教者のこと |
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↑ 拝殿の上壁には、地域の人々の
寄進の札が掲示されている |
「地蔵堂」の北側から日進駅方面を撮影 ↓
日進駅のすぐ北側にあるマンションが、地蔵堂の屋根の先に見える |
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