
「日進餅つき踊り」は、さいたま市無形民俗文化財として、昭和34年(1959年)2月4日に指定されました。
除夜の鐘が真冬の寒気の中を響きわたる頃、
日進神社の境内(写真左&下)は初詣の人や
餅つき踊りを見学する善男善女で大変な賑わいを見せます。
餅つき踊りは「接待餅」とも呼び、かつては村内での祝い事には随時踊られたものです。
その始まりは、江戸時代に中山道の伝馬夫役に出た若者達が通行する大名や武士たちの宿で、旅の慰安と接待を兼ねて餅つきをしたことがだんだん芸能化していったものだといわれています。
|日進神社 |日進神社2006 |日進神社2002 | |
2010年1月28日 NHK「一都六県で放映」されたビデオはこちら(`島 精弥 様撮影)
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新年を迎えるカウントダウンと同時に「日進餅つき踊り」が始まります
ふかした餅米を頭上にかかげた者を先頭にして、大ぎね・小ぎねをもった者が木遣歌(きやりうた)を歌いながら入場します |
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つづいて総勢で音頭にあわせ餅米を練りあげ、こね取り1人と中ぎね4人が呼吸を合わせて一気に餅を突き上げます
この真鉦搗(しんしょうつき)で、餅つき踊りが始まります
『調子がいいと1秒間に8回も搗きます』(by中澤様)
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豊作を喜ぶ「豊穣(ほうじょう)の曲搗き」
丹頂鶴が飛び立つ様子で、めでたさを表現した「瑞祥(ずいしょう)の曲搗き」
日露戦争の勝利を機に編曲した戦勝を祝う「感謝の曲搗き(大勝利の曲搗き)」へと、搗き手を変えながら激しい踊りを披露していきます
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搗きあがった餅は参拝者にふるまわれ、この餅を食べると、今年一年を健康に過ごせるといわれています |
日進北小学校の6年生による真鉦搗
『ここ10年間途絶えていた「こども餅つき踊り」が今年復活でき、日進北小学校の6年生4人が舞台の上で餅つき踊りを披露しました』(by中澤様)
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★「日進餅つき踊り保存会」の中澤様よりのメッセージ
空気はとても冷たかったのですが風もなく穏やかな天候に恵まれ、例年以上に多くの参拝客が日進神社を訪れて、その列は午前2時近くまで続いていました。
300年以上続いているこの日進の伝統文化を次の世代に伝えるためにも、彼ら(子供達)が続けてくれることを願っています。 |
「日進餅つき踊り保存会」の中澤様より写真をご提供いただきました
餅つき踊りの説明は、中澤様のお話し、および日進神社に
掲示されているさいたま市教育委員会の案内板を参考にさせていただきました |
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